遺産分割が終わる前でも、相続人が単独で銀行へ請求し、一定額の相続預金を払い戻してもらえる制度があります。民法909条の2による払戻しは、相続開始時の預金額の3分の1に、自分の法定相続分を掛けて計算し、同じ金融機関から受け取れる額は合計150万円が上限です。
ただし、相続放棄を考えている方は、請求前に弁護士へ相談してください。この制度で受け取った預金は、自分が遺産の一部分割で取得した扱いになります。「葬儀代に使うだけだから放棄に影響しない」とは決められません。
この記事は、親の預金が止まり、当面の生活費や支払いのために遺産分割前の払戻しを検討している方に向けた手順です。
最初に作る支払いのメモ
支払先、金額、期限、請求書の有無、自分のお金で立て替え済みかを一枚にまとめます。続いて、親の銀行名・支店名・口座と、相続人の関係が分かる資料を集めます。急ぎの支払いと、協議後でもよい支払いを分けるための準備です。
1. 放棄・遺言・分割状況を確認する
最初に、誰が相続人か、遺言があるか、遺産を分ける話合いが済んでいるかを確認します。計算に使う「法定相続分」は、相続人の関係に応じて法律で定められた相続割合です。全国銀行協会の案内では、遺言があるなど、制度を利用できない場合もあるとされています。遺言を見つけたら、銀行へ内容を示して扱いを確認します。
借金の全体像が分からず相続放棄を検討しているときは、預金を請求・受領する前の相談が必要です。民法921条は、相続財産の全部または一部の処分を、原則として単純承認とみなす事由に挙げています。保存行為などの例外はありますが、支払名目だけで判断しないでください。
相談には「引き出す前か、すでに受け取ったか」「金額」「使途」「支払先」「領収書」を持参します。銀行が払戻しを受け付けることと、相続放棄が認められることは別です。自分の資金で支払う場合も、後から遺産で精算できるかは別に確認します。
相続放棄の熟慮期間は、原則として自分のために相続が始まったと知った時から3か月です。財産調査が間に合わない場合は、裁判所の案内に沿って期間伸長の相談を進めます。
ここまでの完了目安:自分が請求する立場と、請求前に法律相談が必要かどうかを整理した。
2. 口座ごとに計算し、銀行ごとの上限を確認する
計算は、普通預金などは口座ごと、定期預金は明細ごとに行います。基準にするのは請求日の残高ではなく、相続開始時の預金額です。残高資料の取り方は銀行へ確認してください。
各口座・明細の払戻可能額=相続開始時の預金額×3分の1×請求する人の法定相続分
その合計について、同じ金融機関の全支店を通じた150万円の上限を確認します。支店を変えると上限が増える仕組みではありません。上限は、請求する相続人ごとに適用されます。根拠は法務省の預貯金払戻し制度の説明で確認できます。
例えば、父が亡くなり、相続人が母と子2人である場合、子1人の法定相続分は4分の1です。その子が請求すると仮定します。
| 口座 | 死亡時の預金額 | 計算結果 |
|---|---|---|
| A銀行・本店 | 900万円 | 75万円 |
| A銀行・別支店 | 1,200万円 | 100万円 |
| B銀行 | 600万円 | 50万円 |
A銀行の計算結果は175万円ですが、受取上限は150万円です。B銀行の50万円は別に計算します。これは計算例であり、遺言などの条件や必要書類の確認を経て、銀行が請求できる額を判断します。
上限全額を請求する必要はありません。必要額、支払期限、既に同じ制度で受け取った額を伝え、今回の請求額を決めます。
ここまでの完了目安:各口座の計算額と、銀行単位の上限、今回必要な金額が分かった。
3. 銀行に必要書類と日数を聞く
親の口座を扱う銀行の相続窓口へ連絡します。全銀協の案内では、親の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍、請求者の印鑑証明書などが必要書類の例です。本人確認書類、銀行指定の請求書、通帳、法定相続情報一覧図による代用の可否も確認します。
「民法909条の2に基づく、遺産分割前の預金の払戻しを希望しています。相続人は母と子2人で、私は子です。同じ銀行に複数口座があります。遺言の確認、必要書類、既に払戻した分の確認方法、入金までの目安を教えてください」
書類を出した当日に受け取れるとは限りません。戸籍取得費、印鑑証明書の取得費、残高証明や振込みにかかる料金も分けて確認します。支払日までの余裕がない場合は、請求先への支払期限の相談も並行して進めます。
ここまでの完了目安:自分の銀行の必要書類と、書類提出後の見通しが分かった。
4. 制度名を伝えて払戻しを請求する
銀行所定の手順で請求書と資料を提出します。この制度の範囲なら、ほかの相続人全員の同意を得ずに請求できます。ただし、相続人を確定する書類の確認は必要です。「自分一人で請求できる」ことと「自分の戸籍だけで足りる」ことを混同しないようにします。
受付日、提出した書類、対象口座、請求額、受取口座を控えます。家族には、可能な範囲で請求する制度と金額を伝え、遺産の残高が合わなくなる行き違いを減らします。
150万円を超える資金が必要な場合
家庭裁判所を通じる仮払いは、別の手続きです。遺産分割の調停・審判が申し立てられている場合に、生活費などの必要性や、ほかの共同相続人の利益を害しないことなどを裁判所が判断します。認められる額は裁判所が定めるため、銀行の制度の150万円上限をそのまま当てはめません。
希望額が大きいという理由だけで銀行の上限が増えるわけではありません。裁判所の手続きが必要なら、支払資料と家族の協議状況を整理して弁護士へ相談します。
ここまでの完了目安:銀行が請求を受け付け、不足書類や確認事項の連絡先を決めた。
5. 受取額と支出を記録する
入金されたら、請求額と入金額、料金、入金日を照合します。受付が済んだ日ではなく、実際に受け取った日を記録します。
使ったお金は「日付・支払先・目的・金額・証拠書類」で残します。銀行の払戻計算書、振込明細、請求書、領収書を同じフォルダーにまとめると、家族への説明や分割協議で確認しやすくなります。使っていない分も追えるよう、日常の支出と混ざらない形で管理しましょう。
ここまでの完了目安:実際の受取額と、その後のお金の動きが資料で追える。
6. 遺産分割で取得済みの金額を反映する
この払戻しは、後で返すことが前提の銀行からの借入れではありません。民法909条の2では、請求した相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされます。遺産分割の際は、受け取った全額を取得済みの財産として反映します。
例えば75万円を受け取り、そのうち葬儀関係に40万円を使った場合、取得した75万円と支出した40万円を別に示します。支出したから自分の取得額が自動的に35万円になるわけではありません。費用を誰が負担し、どう精算するかを、協議で確認します。
遺産分割協議書などを作る際には、既に受け取った預金の記載漏れと二重計上を点検します。合意できない支出がある場合は、領収書を示して専門家へ相談してください。
全体の完了目安:払戻しの受領に加え、取得額と費用負担の扱いが遺産分割に反映された。
あわせて確認したい手続き
制度・公式案内の確認日:2026年10月5日。請求条件と必要書類は、取引金融機関の最新の案内を確認してください。

